柿沼 陽平さん(16期・大学教授)
(16期・大学教授)
国学院久我山高等学校卒
早稲田大学 博士(文学)修了
早稲田大学文学学術院 教授
奨学会を知った経緯
ぼくは中国古代史が好きで、大学に入学したときから実証史学に生涯を捧げたいと思っていました。そんな若い頃のぼくに、お金なんぞあるわけがありません。アルバイトをして食いつなぐ日々でした。かといって、貸与の奨学金も怖い。なぜなら大学院に進学する予定でしたし、実益に直結しない研究をめざす以上、後々稼げるようになる見通しも立たないからです。加えて、中国史研究という分野自体が縮小傾向にあり、ぼくがオトナになったころに研究者として就職できるかも怪しかった。だから奨学金を借りたところで、後々借金で首が回らなくなると思いました。 そんなとき大学構内に「山田長満奨学会」の張り紙をみつけました。理系や法学などの実学系ならいざ知らず、文学部学生にも開かれた給付奨学金などは、少なくとも当時はほとんど目にしたことがありませんでした。奨学金が「山田長満」という個人名を冠していたこともあり、「そんな足長おじさんみたいな人が本当にいるのか」と二度見、三度見したことをおぼえています。帰宅して母に告げたところ、母も半信半疑。そこで知り合いの会計士に尋ねたところ、「山田会長は人徳者として、業界では知られている」との答えでしたので、安心して、ただしダメ元で、応募してみようと思いました。 おりしも日中関係の行く末には暗雲が垂れ込めはじめており、「世界平和へ」を標語とする奨学会に加われば、自らの思索を深める良いきっかけになるとも思いました。正直に申せば、初めからぼくの脳裡にはっきりと「世界平和」へのビジョンがあったわけではありません。むしろそういうことは政府のお偉いさんが考えるべきことであって、ぼくには関係のないことだとさえ思っていました。しかしぼくは応募を通じて、「世界平和への方途」を大まじめに考えている人たちがいることを知りました。そこで自問してみたところ、外国史たる中国史に生涯を捧げる以上、日中関係から目を背けることなどできるわけがないと気づきました。そこでまずは奨学会に加わり、メンバーとの交流を通じて、世界平和に対する思索を自分なりに深められるのではないかと考え、応募をしたのです。
奨学会に参加して
毎月1回、会計事務所にお邪魔して奨学金を頂戴し、同時に奨学会のメンバーとお食事。しばしば会長もお越しくださり、ご飯をごちそうになったこともありました。いま考えれば、これはすばらしい体験でした。食べたこともないような豪華な食事を口にできたのはもちろんですが、奨学会のメンバーと知り合えたことがとくに貴重でした。 それ以前には、会長をはじめ、社会の最前線で活躍している国際人と接する機会はほとんどありませんでした。優れた同期のメンバーと仲よく交流できたことも最高の経験でした。みずからの研究テーマを、分野の異なる人たちにむけて説明する必要があり、それをつうじて自身の視野がいかに狭かったか、説明の仕方がどれほど独りよがりなものであったか、研究を社会に役立てるとはどういうことかを自問自答できました。
当時を振り返って
すでに①でのべたとおり、当時はお金がなく、大変に助かりました。それ以上に、精神的な面で、ある種の自信をもらいました。それは、「頑張っていれば、誰かがそれを見てくれている」というものです。これがなければどうなっていたことか。 そもそも、ほかの奨学会メンバーに比べれば、ぼくは一番成長が遅いほうでしょう。人文学、とくにマニアックな中国古代史の研究をしていたのですから、普通ならお先真っ暗にみえます。事実、ぼくはその後、10年以上にわたって大学院生やら助教やらをしつつ細々と生きてゆきました。そうした一番大変な時期に助けてくれたのが山田会長です。たんに奨学金を頂戴した1年間だけを指してそう言っているのではありません。むしろそれ以降、ぼくは延々、会長にお世話になりました
これから奨学会への応募を考えている方へ
およそぼくの専攻する人文学は、すぐに成果をえられる分野ではありません。かりに実証史学によって細かい歴史がわかったところで、それがすぐに世界平和に直結するわけでもありません。しかしぼくも、いまでは日中の学者や政府関係者などと面会する機会があり、最近では現代の日中関係について問われることも少なくありません。そうしたときに「世界平和」をめざす山田長満会長から大まじめに薫陶を受けた体験が頭をよぎります。「独りよがりになっていませんか?」と。要するにぼくは、山田会長から奨学金を頂戴しただけでなく、むしろそれ以上に一種の生き様を見せてもらったのです。それを自分なりに継承しながら、少しずつでも世界がおかしな方向に行かないように、ぼくは今でも研究を続けています。一般向けの成果物としては、『古代中国の24時間――秦漢時代の衣食住から性愛まで――』(中央公論新社、2021年)や『劉備と諸葛亮孔明――カネ勘定の『三国志』』(文藝春秋、2018年)などがあります。 この事例からおわかりのように、山田長満奨学会は必ずしも、すぐに成果に直結するような学問や活動をしている方にのみ、与えられているわけではありません。もちろん、自然科学者、政府関係者、裁判官、弁護士、実業家等々、社会にたいする貢献度の高い、公益性の高いお仕事についているメンバーも少なくありませんが、むしろ山田長満奨学会はぼくみたいな者にも門戸を開いているのです。ぜひ皆さんと交流する日がくることを望んでいます。